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表面処理との取り組み

ここまで来て難題が持ち上がってきた。摩擦と齧り付きである。
実はチタンという金属は軽くて強く耐食性に優れているが、性質としては活性である。
このために他の金属と接した場合に容易に齧り付きを起こしたり、あるいは摩耗に弱かったりという特性がある。
実際にはホイールの回転する部分は、ホイールに組み込まれたインナーベアリングと接していて、
摩擦とはあまり関係の無い構造となっている。
ノーマルのシャフトを見るとわかるが表面は粗い。それでも十分に機能する。
つまり燃費や転がり抵抗にはほとんど影響しない。だが両端部は脱着の際にはフロントフォークと接して擦れるのである。
シャフトが受ける擦れや傷は、耐久性に影響を与える可能性がある。

これは実際に装着して4,500kmほど走行した後の64チタンのアクスルシャフトである。

フレッシュグリーン加工.jpg

パーツクリーナーで汚れを落としてみると、細かい傷や擦れた痕跡がかなり見受けられる。
これが脱着を繰り返した後に見られる現実の姿なのです。
強いと思っていたチタンは、実は弱かった。
使用する課程において様々な影響を受けるが、それは64チタンでも例外ではない。
金属はそれぞれに特徴があって、全てにおいて成績優秀というわけでは無い。秀でたところがあれば欠点もある。
その欠点を補うのが合金という手法であり表面処理などの加工技術である。 当初は派手な色にしたかったが、
アクスルシャフトという部品は、装着されてしまえばそのほとんどが隠れてしまい、わずかな部分しか外からは見えない。
それでも少しだけでも見える部分を目立たせようと陽極酸化処理を検討した事もあった。

チタンボルト.jpg

これは陽極酸化処理されたチタンボルト。色はマジョーラブルー。光の当たり方によって様々な色に変化する。
実はアクスルシャフトには、目立たせるためのこんな色づけをしたかった。この色だと一発で交換しているとわかる。
だがボルトと違ってシャフトほどの長さになると、
陽極酸化処理を施すのに材料が入る大きなトレーを特別に用意しないとならない。
小さなボルトでも電流の上流と下流では色が変わってくる。
アクスルシャフトのようにサイズが大きくなると電極と電極の距離が離れ、ますます難易度が上がる。
つまりロスが多くなり製造コストに影響してくるのだ。

この陽極酸化処理はコストはかかるものの摩擦に対してはそれほど強いわけでは無く、
工具などの使用によっても容易に皮膜が剥がれる。
つまり見た目は良いがあまり効果の無い、本当に見た目だけのもの。それではあまり意味が無い。
もっと強い被膜を形成できるものは無いのかと探した。
と言うのも自分の友人にベアリング会社に勤める技術者がいるのだが、
当初はアクスルシャフトに64チタンを使う事に対して否定的だったこともある。
活性金属に対して強固なガードをしてくれる加工方法を探していた。
そこで探し出したのが、この特殊な表面処理である。

チタン合金.jpg

この表面処理は酸化チタンの酸素の一部を炭素に置き換えた、炭素ドープ酸化チタンです。炭素が入ることで基材との密着性が極めて高くなり、摩擦や加熱によっても容易に剥がれない。

その硬度は表面処理前のTi-6Al-4Vの10倍の硬さとなり、

一般的に硬いとされる硬質クロムメッキのビッカース硬度1000Hvと比較しても

1.5倍以上の1600Hvになることが確認されている。
また、表面処理前のTi-6Al-4Vが、潤滑無しで980Nの荷重、
速度が83.3mm/secで摩擦距離500mの条件で約147.65mgの摩耗量であったのと比較すると、
表面処理加工後は同条件で摩耗量が2.35mgと、飛躍的に摩耗しにくくなることも確認されている。
つまり回転軸であるシャフトを摩耗から防ぎ、そして囓り付きを防ぐ技術としては、
今現在、最も優れた手法と言えるだろう。
更に、この表面処理加工を行う前に、表面強度を更に上げる独自処理を行うことにより、表面をより強固なものにしている。

この表面処理加工は陽極酸化処理やメッキなどの、装飾品に見られる表面を酸化から守ったり美観を保持する性質のものと違い、カラフルさとは無縁で地味な濃いグレーである。
どちらかと言うと黒に近い。これで華やかさは無くなった。しかしそれと引き替えに強靱な被膜を手に入れた。
繰り返し繰り返し脱着しても、摩耗はほとんど見つけられない。
数度にわたり脱着をしたシャフトを「これは新品です」と言われても気がつかないほど。
結果的にどちらが良かったのか、それはすぐにわかることである。
そして、ノーマルシャフトや他の素材のシャフトと比較してみて欲しい。
それらを何回か脱着すれば、その皮膜強度の違いは一目瞭然である。

*現在新しく製造されるアクスルシャフトの表面処理はWPC+DLC。

WPCによって疲労強度、耐摩耗性、鯛焼き付き性を高め、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)によって低摩擦係数耐凝着性を高め、高硬度化によって耐摩耗性を高めています。

そのビッカース硬度は3000Hv程度と言われています。

表面粗度は△△△、その摩擦係数は0.1μ以下。

通常の64チタンの性質を遙かに超える表面硬度と潤滑性を持っています。

チタンアクスルシャフト.jpg

左がノーマルシャフト、右が表面処理加工が施された当社のチタンアクスルシャフト。
ノーマルシャフトをよく見ると、傷があるのに気がつく。
実はノーマルシャフトは新車で納車された後、およそ300km走行後に取り外されたもの。
一方で右の当社のアクスルシャフトは、装着後に3,000kmほど走行した後のもの。
この表面処理加工されたシャフトは、まったく傷が見当たらない。
小傷でさえ見つけることができないほどで、私自身これを新品と言われて見せられても、
見分けが付かないほどだ。この表面処理加工はこれほどまでに64チタンの表面硬度を上げ、
信頼性を高めているのだ。

チタンアクスルシャフト.jpg

この写真は山田純氏の空冷R1200GSで使われていたチタンアクスルシャフトのもの。
車両入れ替えのため一旦回収して検査を実施しました。
東京都立産業技術研究センターで、エックス線による非破壊検査を依頼しました。
約1年半で2万キロの距離を山田純氏と共に走ったわけですが、
チタンアクスルシャフトは外周の摩耗も少なく、クラックなども見受けられませんでした。